Iwakuni HomeNews

 

米海兵隊岩国航空基地

米海兵隊岩国航空基地、公式ウェブサイトへようこそ。岩国基地は本州唯一の米海兵隊基地です。
ニュース Search
ニュース
もうひとつの第二次世界大戦 - 違った視点から見る歴史

By ベンジャミン・プライヤー兵長 | | April 20, 2012

SHARE

世界中で何百万人もの民間人や兵士の命が奪われた第二次世界大戦。大戦中は枢軸国、連合国のどちらであっても、戦争に行った多くの兵士が捕らわれた。お互い敵国だった兵士達は、自国のために最後まで戦った。大戦で生き残ったごくわずかな兵士達は、およそ70年前に起こった残虐な戦争の廃墟から、繁栄と平和の同盟を構築してきた。

4月20日、旧日本海軍の元日本兵11名が岩国基地を訪問し、何十年もの歳月を超えて、現役の米軍隊員と交流した。

「皆さんは全員兵士です。私もかつては兵士でした。」と話すのは、第二次世界大戦時の元日本兵、マツムロ・マサユキさん。「我々には特別な言葉があります。私たちが日本語を話し、皆さんが英語を話しても、お互いを理解できるんです。海兵隊の精神は素晴らしいと思います。ここにいると気持ちが安らぎます。」

マツムロさんが初めて海兵隊員と接したのは、終戦後、婚約者と一緒に電車に乗っていたときだ。電車の中で、ある海兵隊員が彼女に対して嫌がらせをしてきた。

マツムロさんはその隊員に飛び掛ったため、拘束され、その後、軍事法廷に掛けられた。だが法廷で、その海兵隊員が電車の中で酒に酔っていたために起こした過ちだと認めたため、マツムロさんは釈放された。マツムロさんは婚約者との結婚式にその海兵隊員を招待した。海兵隊員は自分の上司、憲兵と一緒に式に出席し、アメリカ製のタバコ、チョコレート、ウイスキーなどをお祝いとして二人に贈った。

この結婚式以来、海兵隊員など見たくないというマツムロさんの思いは、海兵隊員と交流を深め、残りの人生を日米交流のために捧げたいという思いへと変わっていった。

この日基地を訪れた元日本兵の皆さんは、最初に岩国基地司令部を見学した。司令部建物の入り口にある棚に飾られたトロフィーを見たり、海兵第12飛行大隊(MAG-12)の年表を読んだりしていた。

その後、多数の戦争遺留品を所蔵する海上自衛隊博物館にも足を伸ばした。ここには当時の軍服、装備、新聞、写真、その他の重要な資料が展示されている。元日本兵の中には、今回の基地訪問が初めてではない人もいた。

「この博物館にある四分の一は私が寄付したものです。」とマツムロさん。

夜遅くには基地内クラブの「インディアン・ジョーズ・ラウンジ」へと移動し、現役の米軍パイロットや将校たちと歓談した。元日本兵の中には、戦争での体験を語る人もいた。

「真珠湾攻撃のとき、私は潜水艦の中にいました。当時の任務は、戦闘結果を報告することでした。」と話すのは、イトウ・ススムさん。「約90日ほど潜水艦に乗り、横須賀から真珠湾、そして西海岸まで行って横須賀に帰還しました。真珠湾攻撃が終わると、西海岸まで米軍艦を追跡し、5機の民間船を沈没させました。アメリカのニュースでは2機しか沈没していないと記録しているようですが、私は5機が沈むのを見ました。」

イトウさんはまた、「日本本土を爆撃していた米軍に反撃するため、J2M雷電(らいでん)に乗り、B-29爆撃機を5機と半分(イトウさんと他の雷電で1機)を撃墜しました。」と話した。

戦後から約70年経った現在、アメリカ人と元日本兵をつなぐ絆はこれからも強くなっていく。

「国、平和、そして民主主義を守る精神を皆さんと分かち合えると信じています。」とマツムロさん。「戦争中、我々は敵同士でしたが、平和な今は最高の友人になれるでしょう。私は年をとっていきますが、私や他の元日本兵のために日米の友情を深める方法はあるはずです。そのために、私は今日ここにいるんです。」


 
写真1
4月20日、海上自衛隊博物館に展示されている新聞記事を読む、旧日本海軍の元日本兵。自衛隊博物館を訪問後、元日本兵のグループは「インディアン・ジョーズ・ラウンジ」で現役の米軍パイロットや将校と歓談した。

写真2
4月20日、海上自衛隊博物館に展示されている旧日本海軍将校の写真を見ている旧日本海軍の元日本兵、ハマダ・サダカツさんと奥さん。海上自衛隊博物館の見学後、元日本兵のグループは「インディアン・ジョーズ・ラウンジ」で現役の米軍パイロットや将校と歓談した。

写真3
4月20日、岩国基地米軍司令部の入り口に展示されている海兵第12飛行大隊の年表を読む、オガサ・クニヒサさん。元日本兵のグループは、岩国基地米軍司令部の建物や海上自衛隊博物館を見学した。


SHARE
日本語ニュースアーカイブ
RSS