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U.S. Air Force Lt. Gen. John L. Dolan, commander of U.S. Forces Japan and 5th Air Force, right, and Rear Adm. Naoki Sonoda, commander of Japan Maritime Self-Defense Force, Fleet Air Wing 31, left, say their goodbyes at the Japan Maritime Self-Defense Force hangar, Marine Corps Air Station Iwakuni, Japan, Sept. 29, 2015. Dolan set aside time during his brief stop at the station to reconnect with the JMSDF service members who rescued him after an aircraft collision almost two decades ago. Dolan ejected from his F-16, 630 nautical miles away from Tokyo into the Pacific Ocean, where he was saved almost five hours later by the Japanese aircraft rescue crew.

Photo by Cpl. Jessica Quezada

在日米軍司令官が命の恩人と再会

29 Sep 2015 | ジェシカ・ケサダ伍長 Marine Corps Air Station Iwakuni-Japanese

岩国基地を訪問中の在日米軍兼第5空軍司令官、ジョン・ドーラン空軍中将が9月29日、20年以上前に中将を救助した勇敢な海上自衛隊員との再会を果たした。

ドーラン中将の救助に当たった3名の海上自衛隊員が待つ駐機場では、第31航空群司令の園田直紀海将補と第71航空隊長の立石和孝二等海佐も中将を出迎えてくれた。

1992年1月23日、東京の東、630海里(約1,166キロメートル)沖でF-16ファイティング・ファルコンから緊急脱出したパイロットを探すため、海上自衛隊、第71航空隊のオオタキ・フミオ准海尉、カモウチ・ユキヒロ一等海曹、タザキ・ノリアキ一等海曹はUS-1A 9081で海軍厚木航空基地を出発した。

「当時、私は航空整備員で、このときが初めての救難任務でした。海上に着水するのも初めての経験でした。」とオオタキ准海尉。「その場所に向かっている間、何もトラブルがないようにと祈っていました。燃料が十分足りるかどうか心配していたのですが、救難場所までの距離や状況を考えると、30分が限度だとわかりました。その時間で遭難者を探し出し、救助できるか不安でした。」

当時、三沢航空基地で基準査定副長官、フライト査定官、F-16操縦指導官として勤務していたドーラン中将はその日、「コロネット・ウェスト30」配備のためにフロリダ州、ティンダル航空基地へ向かって飛行していた。すると、衝突回避操作をしているとき、KC-135ストラトタンカーが不意に下から衝突してきた。

ドーラン中将が搭乗していたF-16は制御不能になり、すぐに太平洋へと墜落した。その約5時間後、海上自衛隊の救難飛行艇が現場に到着した。

「現場に近づいて高度を下げ始めると、波が高く、非常に難しい状況だとわかりました。」とカモウチ一等海曹。「すぐに救助しなければと感じました。」

この時、命の危険を冒してでもドーラン中将を救助してくれたのは、当時、US-1Aのパイロットだった貴田英樹二等海佐とその乗組員だった。

2015年6月5日の在日米軍司令官の就任式でドーラン中将は、「あの日、彼らは勇敢にも私を救助してくれました。あの時、貴田二等海佐と乗務員の皆さんの勇敢な行為がなければ、今、こうして皆さんの前に立っていないでしょう。」と述べている。

ドーラン中将は三人の自衛隊員と一緒に当時のことを回顧し、命を救ってくれたことへの心からの感謝を述べた。駐機場を離れる前、ドーラン中将は命の恩人である三人と固い握手を交し、あの時に救助してしてくれたこと、また、現在も救助活動を継続していることへの感謝の印として、チャレンジコインを渡した。

「あの時の遭難者に再会できてたことは素晴らしいことです。」とオオタキ准海尉。「救助したときのことは今でもよく覚えています。こうして元気な姿で再会できたことは大変嬉しく思います。」