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米海兵隊岩国航空基地

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基地の特別な人が30年間の勤務を終え退職

By バネッサ・ヒメネス兵長 | | September 19, 2010

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事務所は清潔で広々として見える。机の上には思い出の品もなく、壁には写真もない。まったく新しい事務所のように空っぽだ。机は事務所の真ん中に置かれ、いすには穏やかで思慮深い表情の女性が座っている。その女性は忙しそうに見えるが、仕事をしているわけではない。仕事をしていないのは、30年と8ヶ月に及ぶ基地での勤務を終えて、定年退職したからだ。その女性は、岩国基地、運用部、技術報道専門職の吉岡妙子さん。

吉岡さんが定年退職したのは9月24日。

吉岡さんは59歳だが、実年齢よりずっと若く見える。彼女の肌はつやがあり、輝いており、彼女にそばにいてほしいと誰でもが思うような女性だ。吉岡さんは穏やかな話し方をするが、その話し方は彼女の経験以上に聡明に聞こえる。黒髪の彼女は小柄で謙虚なので、ただ話をしただけでは彼女が基地のためにしてきた業績を知ることはないだろう。

吉岡さんが基地の仕事について友人から聞いたのは、28歳のときだった。

吉岡さんは4年間、岩国基地、補給部の管理専門職として働いていた。その後、運用部で技術報道専門職として勤務することになった。
「私の仕事は、航空運用に関する日本の民間航空法だけでなく、日本の関係省庁や海上自衛隊、航空自衛隊との調整をすることでした。」と吉岡さん。

運用部で、吉岡さんは当時の運用部長であるデビン・キース中佐(現岩国基地副司令)の元で通訳翻訳者としてだけでなく、駐在の運用部長のような働きもしていた。吉岡さんは運用部の日本人オフィスマネージャーであった。

「彼女の後任は責任が重い。」とキース中佐。吉岡さんはほぼ間違いなく、基地で最も重要な仕事をしていたからだ。

「彼女は日米両文化を完全に理解していた。」とキース中佐。吉岡さんは毎年岩国基地で行われる日米親善デーの成功に貢献した人でもあった。

「吉岡さんが航空自衛隊に電話をして、ブルーインパルスが日米親善デーに来てくれるように頼んでいた。」とキース中佐。「ブルーインパルスはいつもイエスと言ってくれていた。それは彼女が頼んでいたからだ。」

吉岡さんは何か事を成し遂げるための独自の能力を持っていたため、地元の人からも尊敬されていた。また、長年基地に勤務していたため、海上自衛隊にも影響力を持っていた。

「吉岡さんが海上自衛隊とコミュニケーションをとってくれたおかげで、我々は楽に仕事ができた。彼女は難しい状況にどのように対処するかを理解しており、日米両方が互いの考えを分かり合い、妥協できるよう、適切な言葉を使っていた。」とキース中佐。「最終的に日米両方にとって公平で有益な意思決定ができたことがわかって、会議を終わることができた。」

吉岡さんは運用に関することや、どのようにして岩国基地の任務を遂行させるかを理解していた。

「彼女は日本の視点とアメリカの視点を両方理解し、どのようにしてそれらを一つにまとめるかをわかっていた。」とキース中佐。

吉岡さんにとって、海兵隊員が日本人と常に一緒に働いて、互いによい関係を築くことは重要なことだった。

「海兵隊員と日本人との関係をよくするために、彼女は自衛隊など、同じような立場の日本人と海兵隊員が直接関われるようにしていた。」とキース中佐。彼女はコンファレンスに何度か通訳として同行しているが、中佐が日本人と直接コミュニケーションができるように、一字一句すべてを訳したわけではなかった。

吉岡さんは聡明で忍耐強く、献身的で思いやりがあると同僚から言われている。

「吉岡さんのことはみんな知っている。彼女は基地にとっていいことをたくさんしてくれた。」と話すのは、岩国基地、運用部チーフのシェイン・スモッガー一等軍曹。

退職後、吉岡さんはもう、事務所で電話をかけることはない。

事務所の白い壁を見ることもないし、メモを取ることもない。

退職後の吉岡さんの計画は、リラックスするためにビーチで過ごすかもしれないとのことだ。


 
写真1
9月19日、30年と8ヶ月の勤務を称えられて表彰される吉岡妙子さん。吉岡さんは運用部、技術報道専門職として勤務しており、日本人、アメリカ人とコミュニケーションができたことで尊敬された。


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