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坐禅と写経を通じて安らぎを感じる基地住人

8 May 2011 | ジェニファー・プロンテ兵長 Marine Corps Air Station Iwakuni-Japanese

日本は文化体験や史跡が豊富な国である。これらは多くの基地隊員や住人にとって新しい体験だ。1、2年の岩国基地滞在中にこれらすべてを体験するのは難しいかもしれない。だが、まだ未体験の人々が発見してくれるのを待っている癒しの旅が岩国基地からそう遠くない場所で体験できる。

5月8日の日曜日の午前中、ITTが主催した広島県尾道市、興福寺へのツアーに約20名の基地住人が参加し、日本の仏教の豊かな文化を体験した。 

禅の宗派のひとつである臨済宗に属する興福寺は、瀬戸内海に浮かぶ生口島(いくちじま)にあり、その周囲には山や森林、仏塔がある。国宝三重塔で有名な向上寺も同じ島にある。

尾道には多くの美術館が点在しており、たくさんの民族的、歴史的芸術作品をみることができる。これらの作品には、かつては塩の重要な貿易港であった港町、瀬戸田の昔の姿が描かれている。

興福寺は瀬戸田の港町から約400メートルほど離れたところにある。寺の周りにはレモンやみかんの木々があり、寺へ続く小道を歩いていくと柑橘のいい香りがただよってくる。

興福寺に到着すると、庭には古い石灯籠やお地蔵様があった。

岩国基地のツアー参加者が寺へと続く小道を進み、寺の山門をくぐると、黒い着物を着たテシマタダヒサ僧侶が出迎えてくれた。僧侶は一行に靴を脱いで寺の中に入るよう促した。僧侶の仏教名は成俊(じょうしゅん)。

坐禅に入る前は香を焚くのが一般的で、仏教ではこれが儀式の重要な部分であるとテシマ僧侶が説明してくれた。

坐禅は座って行う瞑想で、この体験をするために2枚重ねられた座布団の上に座る前に、坐禅の参加者は一列に並んで線香に火をつけ、たむけた。

「仏教を実践するには、多くの修行や自制心が必要とされます。」とテシマ僧侶。「集中力が必要です。」

全員が席に着くと、2枚の座布団のうち上にある1枚を半分に折り、その上に楽な姿勢で座るよう僧侶に促された。背筋を伸ばし、足と手を組んで姿勢を整える。坐禅は途中の休憩を挟んで、10分ずつ、2回行われた。

「とてもリラックスできました。」と話すのは、司令部司令中隊のクリスタル・ウィーバー兵長。「多くのことでなく、ただひとつのことに集中しただけで、たくさんのストレスから開放された。」

心の中にある悩みを一掃し、安らぎを見つけるのが難しい者にとって、仏教の教えは心の葛藤を鎮める方法を示してくれている。

坐禅の間、僧侶が鋭く鐘を鳴らした。これは『悟りの雷鳴』を象徴する鐘である。テシマ僧侶によると、これは、人間の意識を急変させるものとして使われ、坐禅を組んでいるものの集中を助けるために使われる。

鐘は10分のセッションの間、2分半の間隔で4回鳴らされる。僧侶は警策(けいさく)と呼ばれる細長い板を持ち、坐禅をしている者の周りを歩く。無言の要求があると、一見穏やかに見える僧侶が3回ほど肩をたたく。これは、眠気が起こったり、集中力が途切れたときなどの矯正と考えられている。

「坐禅はつらかった。」と話すのは、司令部司令中隊のアナブル・レンドン海軍兵長。「自分自身と一対一で向き合うためには、禅での多くの修練が必要だ。だが、坐禅をしているとき、小鳥のさえずりが聞こえ、リラックスできた。」

坐禅が終わると、参加者たちは仏教の経典を書く修行を行った。一枚の紙と習字の道具を受け取ると、参加者は20分間、最も一般的とされる般若心経をできるだけ最高の漢字で書き写した。

般若心経は266文字で構成されており、経典を手で書き写すことは『写経』と呼ばれている。

般若心経は簡潔だが、仏教にとって大事なものが書かれていると僧侶は説明した。写経の目的は各文字を集中して、一筆ずつ、丁寧に写し書くことである。お経は仏教にとって大切なものであるが、僧侶として正式な修行をする場合には、お経は生き方そのものになる。

「私たちは常に修行しているのです。」とテシマ僧侶。「私たちは常に、自分自身、あるいは自分がしていることに注意を払わなければなりません。教えに従うことができるよう、自分のエゴ(自我)を捨てる必要があります。それは決して自分の個性を失うことではないのです。」

テシマ僧侶は毎日とても忙しいスケジュールをこなしている。僧侶は毎朝4時に起床し、朝の日課を済ませると、寺の周りを掃除する。僧侶の一日は、何度も行われる坐禅や修行でいっぱいだ。人生に対する取り組み方から食事の仕方まで、僧侶がすることはすべてに意味があり、丁寧に行われている。

少量の菜食の昼食の時間に、岩国基地の参加者も僧侶の生き方を少しだけ経験することができた。用意された食卓には、3つの食器が大きさ順に横一列にきちんと並べられていた。

一番大きな食器には暖かい白いご飯がよそわれ、中くらいの食器にはそれぞれが味噌汁をつぎ、一番小さな食器には2枚の漬物が置かれた。この漬物は、1枚は食事の最後のためにとっておかなければならない。全員が合唱し、僧侶が参加者グループを代表して、与えられた恵みのために静かにお辞儀をした。

「最初に、この食事を私達のところに運んでくださった人たちの苦労について考えてみましょう。また、自分達はこの食事をいただくにふさわしいだけの仕事をしたか(徳を積んだか)どうかを考えてみましょう。」と話すと、手嶋僧侶はお経を唱え始めた。

仏教では、このような食事は完全に静かな空間で食べられる。それは、食事は体を作る食べ物に意識を向ける時間だと考えられているからである。

食事の最後に、食器をきれいにする時間があった。全員が一番大きな食器にお湯を注ぐように言われた。次にそのお湯を、一番小さな食器と中くらいの食器に少しずつ注ぐ。食器のそばに置かれていた何枚かの漬物を使って、食器をひとつずつきれいにしていく。

残っている漬物の一枚までも食し、お湯を飲み、食器を布で拭くことは仏教の伝統でもある。無駄にするものは何もなく、余計なものは何もないのだ。

「細部に集中するということにとても驚きました。」とレンドン海軍兵長。「坐禅をとても好きになりました。私が今まで日本で体験したことの中で一番気に入っています。」

「私達ITTは、基地の人たちが何か違ったことを経験するのに坐禅はいい考えだと思いました。」と話すのは、ITTツアーガイドのタケダタカさん。「ITTはこのツアーが本当に素晴らしいものになると思っていました。多くの基地のアメリカ人が、仏教の僧侶はどのような人たちなのか知りたいと思っているからです。」

ITTでは他にも基地住人が日本文化を体験できる多くのツアーを企画している。